尾張信仰者たちの歩みー殉教、そしてリバイバルへー
信仰者たちの歩みをたどりつつ、 殉教のこと、リバイバルのこと、 日々の出来事などをつづります
2012年3月16日金曜日
賛美大会があります
けれども、あなたは聖であられ、
イスラエルの賛美をすまいとして
おられます。
詩篇22:3
3月17日、南文化小劇場で賛美大会中部地区予選があります。キッズチーム、ゴスペルクラブetcいろんなチームが出場します。ゴスペルを歌うのが好きな方、聞くのが好きな方、興味のある方、お近くの方、ぜひ一度いらしてください。元気になれます。来年は、一緒に歌いませんか?
2011年12月21日水曜日
主に新しい歌を歌え!
主は、私の口に、
新しい歌、
われらの神への
賛美を
授けられた。
多くの者は見、
そして恐れ、
主に信頼しよう。
詩篇40:3
賛美、大好きです。聞くことも、歌うことも。こころを神様に向けて思いっきり歌います。いろいろな思いや感情が飛んでいき、だんだん元気になります。12月23日 名古屋市緑区大高のショッピングモールで、クリスマスゴスペルコンサートがあります。ショッピングや映画館のある複合施設です。一度、聞きにきてください。新しい歌も歌います。
主をほめたたえよ!
ハレルヤ。
私のたましいよ。
主をほめたたえよ。
私は生きているかぎり、
主をほめたたえよう。
いのちのあるかぎり、
私の神に、
ほめ歌を歌おう。
詩篇146:1
12月22日 午後7時30分から、“くろわっさん”でクリスマスゴスペルコンサートがあります。
名古屋市緑区鶴ヶ沢にあるパン屋さんで行ないます。このシーズン、賛美を通して神様のこと、イエス様のことをもっと知って頂きたいと思っています。喫茶室のあるパン屋さんです。お近くの方、パンの好きな方、ぜひおいでください。お待ちしています。
2011年11月29日火曜日
教会の恵み
教会はキリストのからだであり、
一切のものをいっさいのものによって
満たす方の満ちておられるところです。
エペソ1:23
晩秋、周りの木々がとてもきれいに色づいています。
最近、特に時間の経つのが速く感じられます。
色々な出来事があっという間に過ぎていきます。
なかなか超えられない壁、解決しない問題。
消えることはないだろうと思っていた傷。
いつも、同じところで、同じ失敗をしてしまう自分。
成長しているのだろうか・・・考え出したらきりがない。
み言葉を信じようと、夢中で聖書を読む。
思いっきり賛美をし、礼拝する。
そんな繰り返しの中で、子供たちとも守られ成長してきました。
暗闇の中から救われた時の叫び・呻き・祈りが聞かれています。
もう二度と、あの暗闇の世界に戻さないでください、と。
教会にいるだけで、守られてきました。
主の真実に感謝します。
2011年9月2日金曜日
これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。
約束のものを手に入れることはありませんでしたが、
はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり
寄留者であることを告白していたのです。
へブル11:13
今日は、美和町(あま市)で礼拝と神学校がありました。春のゴスペルコンテスト以後、賛美の臨在が徐々に深まっているように思えます。礼拝の中で、主の語りかけや慰め、祈りの答えをうけます。主の臨在に感謝します。四百数十年前、クリスチャン村として迫害の中を生きた信仰者の祈りが今も地下水のように脈々と流れているように感じられます。
2011年8月25日木曜日
心の一新によって
この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、
神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、
神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえるために、
心の一新によって自分を変えなさい。
ローマ12:2
お久しぶりです。お元気でしたか。
6月中旬に、階段を踏み外して背中、腰を強打!
すぐに感謝して、祈って・・・。でも、ずいぶんと痛みが続いて。心もなえてしまって。忘れていました、痛みにも弱かったことが。
心機一転。これからやってくる艱難、迫害から守られるように、信仰を落とすことのないように真剣に祈らなければ・・・・・と強く思わされました。
2011年6月28日火曜日
希望
主を喜ぶことは、
あなたがたの力であるから。
ネヘミヤ8:10
先日、名古屋市内の老人介護施設でコンサートがありました。いつもよく歌っている「永遠の愛」をつくったトルーバインをゲストとしてお招きしてのコンサートでした。この「永遠の愛」が生まれたいきさつを話してくださいました。深い臨在がそそがれました。そのお証を聞きながら、ふと、今はもう成人した息子のことを思い出しました。生まれて三日目に,突然小児科へ入院となりました。医者は最悪を想定して言います。それをききながら、なすすべもなく、しばらくの間、呆然自失の状態でした。幸いにも、無事退院することができ、三年間要観察で、定期検診に通いました。「元気でさえいてくれたら」と思いつつも、このままで大丈夫だろうか、後遺症が出たらどうしようか・・・などと思い煩っていました。この時、クリスチャンだったら、信仰をもっていたら、もっと対応が違っていたでしょうに。祈りつつ、感謝し、いやしを求めつつ、すべてが益になることを信じ、希望をもって毎日過ごせるって素敵ですよね。
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