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2010年5月16日日曜日

神様の最善が・・・


 季節が逆戻りしたような中でも、確実に夏は近づいています。周辺ではもう田植えが終わりました。半そでが寒く感じた日、ふと思い出しました。親の知らない所で子どももいろいろな問題にぶつかっていたのですね。中学1年生のある日、熱があるからと言って、早く帰って来る日が続きました。朝は元気なので、調子が悪かったら、帰りに病院に寄ってくるようにいうと、薬をもらって帰ってきました。でも、薬をみると、精神安定剤でした。子どもは追い詰められていたのです。あわてて祈り始めました。登校拒否してもいいんですが、そうすると自分が苦しむだろうなと思われて、祈りつつ思い切って担任に相談しました。そうすると、子どもの前で明快で頼もしい答えが帰ってきて、少しは安心したようでした。親としてもあれこれと詮索せず、見守ることにしました。夏休みに教会のキャンプに行きたいと言い出したので2年連続で連れて行っていただきました。キャンプの中で、神様と出会い、いやされたようで、次第に元気になっていきました。学校を休む日もほとんどなくなりました。一時期は顔を見ると喧嘩・・・のときもありましたが。今では、気遣ってくれます。親として本当になすすべがないということは、悲しいやら情けないやら。良かれと思っても逆効果の時も。でも神様がいてくださるから乗り越えることができました。感謝の気持ちでいっぱいです。

      聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、
     失望させられることがない。」
                         ローマ10:11

2010年5月7日金曜日

神様、いったいどうすればいいのでしょうか?


 親といっても無力です。子供がいじめられていても、悩んでいても、何をどう解決すればいいのかいつも迷ってばかりでした。心配性が子供に伝わって、一時期不安定になったこともありました。クリスチャンになってからは、神様に助けを求めて、祈り続けました。特に節目の年、問題を起こしそうな時、神様に助けてーと叫んでいました。すると、不思議に助けがはいるのです。息子が、高校1年生夏過ぎから、全然、まったくやる気がなくなって行ったのです。理由はいろいろあったのですが、どうすることもできず、なんとか3年生に。ただ、このまま放っておいてはいけない、子供たちには最善の人生を歩いてほしい。必死で祈り続けました。すると、この子と一緒に勉強しようという思いが強く沸いてきました。とにかく夕食後1時間いっしょに机に向かいました。私は高校一年生の教科書をわけわからずとにかく読みました。息子は最初のころは1時間ボーッと横になっていましたが、1ヶ月たった頃は、なんとか机に向かうようになってきました。神様が心に働きかけてくださったのです。周囲の励ましもあって、6ヵ月後には自分から勉強するようになっていきました。そして、思う以上の成果がでました。この事がきっかけで父親との関係が回復してきました。私には子供たち一人一人に何が最善か、どの道を選べば良いのかわかりません。でも神様はすべてご存知ですし、祈る時最善へと導いてくださいます。思う以上のことをして下さいます。神様、あなたの愛と憐れみを感謝します。

           あなたの子どもたちはみな、主の教えを受け、
           あなたの子どもたちには、豊かな平安がある。
                            イザヤ54:13

2010年1月31日日曜日

ごめんなさいが言えました

 夏休み中、お姉ちゃんと毎日遊びに来ている5才の男の子がいました。一緒にあそぶのですが、怒鳴るように話し、ちょっとでも聞いてもらえないとけってくるのです。毎日繰り返しイエス様の紙芝居を読み、子ども賛美をテープで流したりしながら遊んでいました。一ヶ月くらいすると、普通に話ができるようになり、けることも少なくなってきて、なによりも“お姉ちゃん達をけってはだめ。ごめんなさいって言えるかな?”というと、素直に“ごめんなさい”といえるようになったのです。驚きました。賛美にふれ、福音にふれて行くうちにやわらかい、すなおな心を取り戻すことができたようです。ちょっぴり、ホッとしました。

       あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。
       わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜び
       もない。」と言う年月が近づく前に。
                        伝道者の書12:1
        
       

2010年1月29日金曜日

愛されて


3,4才の子どもでもわかるのです。神様のこと、罪のこと、悔い改めること、十字架のことが理解できるのです。そして、変われるのです。3才の女の子が花瓶を割りました。そしていった言葉は“ここにおいておくほうが悪い”でした。でもイエス様のことを知り、信じ受け入れました。すると“ごめんなさい。わたしが悪いのです。”と言えるようになったのです。失敗しても、間違っても大丈夫。“ごめんなさい”と言ってやりなおせばいいのです。赦されることを知れば、うそをつくことも、隠すこともしなくてすみます。赦すこともできるでしょう。幼い時から神様の愛にふれておくことはとても大切ですね。
       そしてイエスは子どもたちを抱き、
       彼らの上に手を置いて祝福された。
                    マルコ10:16

2010年1月20日水曜日

子は・・・かすがい


 時々、CSの子どもたちと童心に帰って思いっきり遊びます。若い時から子どもと接するのが、苦手と言うよりも怖かったのがうそのようです。子育て中も日ごとに子どもの可能性をつぶしているようで、なにをどうしたらいいのか、不安な気持ちで過ごしていました。神様を知ってからは祈ること、神様を信頼することを学んでいくうちに、子どもと一緒にいることを楽しめるようになりました。近所の子どもたちといろいろなパーティをして遊びました。もちろん伝道目的でしたが。お母さんたちを誘っても、お話をしてもなかなか聞いてもらえず、直接子どもたちに話したほうが早道だと思い、始めました。素直な子どももいましたが、ちょっぴりすねている子どももいました。その子が、福音に接していくうちに素直に“ごめんなさい”と言えるようになったのです。この子にとっても、ご両親にもとっても素敵なことだと思いませんか。家庭の中が変わり始めると信じています。
   子どもたちを、わたしのところに来させなさい。
   止めてはいけません。神の国は、このような者
   たちのものです。
                    マルコ10:14

2010年1月8日金曜日

光の子ども


 新学期が始まります。あわただしかった日々が過ぎ、普段のペースを取り戻しつつあります。通学の時間帯にぎやかな子供たちの姿が戻ってきました。途中で引越ししてきたこの美和町の保育園で、気になる女の子に出会いました。なぜか惹かれるのです。その子のお母さんに話しかけるようになり、クリスマスに誘われて初めて教会に行きました。その人はクリスチャン2世で、毎週日曜日は家族、親族で教会にいってました。神様の愛の中で育ってきたのですね。どこか違うのです。それから数年後、私は教会に導かれ、神を知り、イエスキリストを信じ、聖書を読むようになりました。子供でも、無言でもキリストのかおりを放つことができるのですね。神様、素敵な出会いをありがとうございます。
   あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、
  主にあって、光となりました。光の子どもらしく
  歩みなさい。
                   エペソ5:8